Interview
2019.11.06

日常生活にクルーザーの楽しさを。 新しい船のあり方を提案する老舗のチャレンジ。

日常生活にクルーザーの楽しさを。 新しい船のあり方を提案する老舗のチャレンジ。

9月27日(金)から11月20日(水)まで日本橋で開催されている「NIHONBASHI MEGURU FES」。その中で人気を集めているのが音と光のテクノロジーで彩るナイトクルージング「Nihonbashi Light Cruise」です。このイベントのクルーザーを運航する観光汽船興業株式会社はクルーザーを取り入れた日常生活を提案するなど、従来とは異なる船の楽しみ方を提供する舟運会社として知られています。同社の親会社である東京都観光汽船株式会社の代表取締役・守谷慎一郎さんと観光汽船興業のマネージャー・木下大作さんに「Nihonbashi Light Cruise」をはじめとする新しい「舟遊び」の魅力や、漫画家・松本零士さんがデザインした水上バスの開発秘話など、挑戦を続けられる両社のビジョンについてお伺いしました。

東京をベネチアに負けない“水の都”に。

—まずは東京都観光汽船の沿革と事業内容について教えてください。

守谷慎一郎代表取締役(以下、守谷):隅田川を定期航行する蒸気客船が事業の始まりで、創業は1885年です。当時は乗船料が1区間1銭だったことから「一銭蒸気」という愛称で親しまれていました。大正の頃までは隅田川にかかる橋も少なく、陸上交通も発達していなかったため、船は移動手段として重要な役割を担っていました。そのため当時は、大型客船も扱っていたようですね。現在では隅田川や東京湾の船旅が楽しめる定期船のほか、チャータークルーズや水上タクシーなどの舟運事業を行なっています。

—現在、「Nihonbashi Light Cruise」が運航されていますが、日本橋で事業を行うようになったきっかけを教えてください。

守谷:日本橋が架橋100周年を迎えた2011年、橋のたもとに日本橋船着き場ができたことがきっかけでした。そもそも船は桟橋がないとその土地と関係を持つことができません。ですから、日本橋と関わりを持ちたくても、長らく関わることができなかったというのが実情です。それが叶うようになり、東京の中心地である日本橋と東京の玄関口である羽田を最速で結ぼうというコンセプトのもと生まれたのが、定員11名の水上タクシー「リムジンボート」です。

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運航中のリムジンボート

—リムジンボートの運航開始は2013年ですね。日本橋船着き場の誕生から実際に就航するまで2年の期間が空いています。

木下大作(以下、木下):そうなんです。理由は、日本橋から羽田までの航路には物理的な制約が多いからでした。日本橋川にかかる橋は高さが低く、一般的な船では船体がぶつかってしまいます。いっぽう、羽田側の河口付近は水深が浅くて座礁してしまう。干潮時には60センチくらいしか水深がない場所もあるほどです。そうした問題をクリアするため、クルーザーの設計開発に時間がかかってしまったんです。

守谷:それでも私たちには運航を成功させたいという想いがありました。というのも、東京をベネチアのような水の都として盛り上げるために、「リムジンボート」をその契機にしたいと考えていたからです。

江戸の町は舟運が盛んでまさに「水の都」として栄えていましたが、今は世界的にそのようなイメージはないですよね。いっぽうでベネチアは「水の都」として人気の観光地。そのベネチアには空港からベネチア本島まで直接アクセスできる水上バスや水上タクシーがあるんです。それと同じように羽田と日本橋を航路で結ぶ「リムジンボート」を運航することで、かつての水の都としての顔を東京に取り戻そうという構想をもっていたんですよ。

木下:今ではトランジットの合間に利用される観光客やVIPの送迎として利用される企業の方など、幅広い用途でご活用いただいていて、苦労して開発した甲斐があったと感じています。

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観光汽船興業のマネージャー・木下大作さん

—リムジンボート以外にはどんなサービスを展開されているのでしょうか?

木下:日常生活の楽しみとしてご利用いただきたいというコンセプトで、日本橋や豊洲、お台場などからアクセスできる定員41名の「アーバンランチ」というクルーザーを定期運航しています。私たちは「スモールリビング」と呼んでいるのですが、ご自宅のリビングのようにくつろげる空間を船の中にご用意し、通常の観光船とは違う「クルーザーがある生活」を提案しています。また、生活の延長上にある交通インフラとしても使っていただけるように、ペットと一緒に乗船できたり、自転車をそのまま持ち込めたりできるような仕様にしています。臨海地区にお住まいの方々には買い物やお散歩のときなどに気軽な感覚で、新しい交通システムとしてご利用いただけています。

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停泊中のアーバンランチ

日常生活に馴染みの少ない “船”だから、まずは存在を知ってもらいたい。

—昨今、通勤手段として船が活用できるかどうかの実証実験なども行われていますが、通勤・通学などといった交通手段としてのクルーズにはどのような可能性があると思われますか?

木下:私たちとしては通勤・通学のツールとしても利用していただきたいと思っていますが、現状では課題が多いのも事実です。先ほど橋の高さや浅瀬の問題をお話ししましたが、障壁はそれ以外にもあるんです。例えば、たくさん乗客が乗れるように船体を大きくすると川幅が狭いためにUターンができなくなります。それなら小型船にして、その分本数を増やせばいいかと言えば、今度はそれだけの数を停泊させる場所がありません。そういった具合に船は制約が多い乗り物なんです。そうしたことから電車などの陸の交通と比べると、どうしても運賃が割高になってしまいます。すると毎日の通勤や通学の手段としてはなかなか選択しづらいという現状があるのです。

守谷:デジタル技術を活用し、さまざまな交通手段を1つのサービスとして捉えるようなシステムに参画できれば、もっと身近な存在として認知されるようになるのかもしれません。いずれにしても、移動の楽しさや快適さ、通勤ラッシュの緩和という点から船が注目されているのは事実なので、当社としても何かしらのアプローチはしていきたいと思っています。

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「アーバンドック ららぽーと豊洲」の敷地内にある船着場はアーバンランチの乗り場の1つ。造船所の跡地を利用していることから、クレーンなどがモニュメントとして残されている

—船は、昔は重要な交通手段だったけれども、陸上の交通ネットワークの発達や時代の流れとともに役割も変化しているんでしょうね。

守谷:そうですね。交通手段としての価値が相対的に下がってしまっている中で、舟運事業が生き残るにはどうすればいいのか。それは数十年前から常に私たちの課題となってきました。そこで考えたのは乗船してもらう以前に、まずは当社の船の存在を知ってもらおうということでした。そして、さまざまな施策を打ち出す中で誕生したのが漫画家・松本零士先生のデザインによる水上バス「ヒミコ」だったんです。2003年に東京都観光汽船によって運航がスタートし、その8年後には姉妹船である「ホタルナ」、そして昨年には松本先生デザインによるシリーズ第3弾として「エメラルダス」が就航しました。

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ティアドロップ(涙滴)をイメージしたボディが特徴的な水上バス「ヒミコ」

原画を忠実に再現するための一大プロジェクトが始まった。

—なぜ松本零士さんにデザインを依頼されたのでしょうか?

守谷:一目見ただけで、思わず「乗ってみたい!」と思ってもらえる船をつくろう、それが私たちの希望でした。「船の形を想像してみてください。」と言われたとき、みなさんどんな形を思い浮かべますか?四角い箱型で船首が尖っていて、マストか煙突がある形だったり、観光地の船だったら海賊船のような形のものや屋形船。そうやって様々な船の形を想像してみても、結局船のデザインって、いくつかのパターンに集約されてしまいがちなんですよ。こうした従来通りのデザインでは“一目で乗りたい!っと思う船を創る”というミッションは到底達成することはできません。

そこで意識したのが子どもたちです。日本の未来を担う子どもたちが乗りたいと思えるデザインでなければ将来性はないな、と。さらには乗り物と関係がある人にデザインをしてもらいたい。そう考えていくと適任者は「宇宙戦艦ヤマト」や「銀河鉄道999」を手がけた松本先生しかいらっしゃらないのでは、という発想にいたりました。

—もともと何かしらの縁があって依頼をしたわけではなかったんですね。

守谷:面識も何もありませんでした。ただただ、私たちの勝手な想いだけ。だから連絡先を調べてFAXを送るところがスタートです(笑)。そんな無謀な挑戦ではありましたが、後日、松本先生ご本人から電話をいただいて、お引き受けくださるという返事をいただけて。その知らせを聞いたときは社員一同興奮しましたね。それと同時に、このプロジェクトは必ず成功させなければいけないという決意も新たにしました。

—製作はどのように進んだのでしょうか?

守谷:発注から完成するまで2年以上かかったのですが、松本先生からデザインをいただくまでは割と早かったんです。最初にそのデザインを見たときは感動しましたね。ティアドロップ(涙滴)をイメージしたシルバーメタリックの流線型のボディはまるで宇宙船のようで、こちらが想像していた以上に素晴らしいデザインでした。ところが、大変だったのはここからです。ボディの大部分はガラス。この三次元の曲面形状のガラスを製造できる業者がいなかったんです。ステンドグラスのように小さなガラスをつなぎ合わせてつくることも考えましたが、原画を忠実に再現するには1枚の大きな曲面ガラスを36枚用意しなければなりません。どうにか協力してもらえる会社を見つけたものの、今度は大きな曲面ガラスをつくるのに必要な釜がありませんでした。そこで適した釜を持っている会社を日本中で探し、さらには三次元の型をつくれる会社を探し……。本当に多くの皆さんの熱い想いと協力があって、はじめてヒミコは完成したんです。

—あのボディのガラスはさまざまな技術や努力の賜物なんですね。ヒミコと言えば、船そのものが光って見えるようなライティングも印象的です。

守谷:「せっかく従来にないデザインなのだから、ライトも誰も見たことのないものにしよう」と考え、船内の床を光らせることにしました。夜になると曲面ガラスを通して船自体が発光しているように見えるんです。さらに当時では珍しかったLEDを使用し、光を赤くしたり青くしたりして、まるで宇宙空間にいるような演出も施しました。造船所が神戸にあったのですが、発光具合を肉眼で確認するために、日没に神戸入りして日帰りで東京に戻るということを何度もした思い出があります。

そうして2年以上をかけて、ようやくヒミコは完成しました。今でも進水式での松本先生のスピーチは忘れられません。「母さん、見てくれたか」と叫ばれたあと、「今まで空想上の船を走らせてきたけれど、今回、初めて現実の船がデザインできました。絵の中から飛び出したその船が目の前を走っている。そのことを大変嬉しく思います」そんなことを述べられました。それを聞いて私たちも妥協せずに原画を忠実に再現したことを誇りに思ったものです。

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床にLED照明が設置された「ヒミコ」の船内

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昨年就航した松本零士さんデザインによる「エメラルダス」

挑戦し続けなければいけない理由。

—「NIHONBASHI MEGURU FES」にて開催されている「Nihonbashi Light Cruise」の企画には、どんな思いで参画されたのでしょうか。

守谷:私たちはいろいろな方に気軽に船を楽しんでいただきたいと考えています。外国人や若い方など今まで船と接点がなかった方たちに、日本橋の舟遊びの楽しさに触れていただくきっかけになればと思っています。このイベントは船の位置と連動してライトアップが変化したり、音声ARによるガイドが聞けたりできる、まったく新しいナイトクルージングです。光で彩られた名橋や川面は幻想的で眺めているだけでワクワクしますよ。イベント企画のチームのみなさんとプランを練っている段階から私自身もワクワクしていました(笑)。

「Nihonbashi Light Cruise」のイメージムービー

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—今回のクルージングは日本橋からスタートし、隅田川や東京湾を巡るコースです。おすすめスポットはありますか?

守谷:やっぱり日本橋です。私はあんなに美しい橋はないと思っています。何よりも100年以上の歴史的な重みがある建造物が近代的な都会の風景に溶け込んでいる姿は、過去と現在が同時に感じられて感動的です。私の個人的な感想ではありますが、橋は川から見たときの景色が一番美しいんです。橋の上を歩いても橋を見ることはできません。普段、見ることのない景色が船からだと楽しむことができるんです。

また先ほど、日本橋川にかかる橋は低いという話がありましたが、低いからこそ手が届きそうなくらい近い距離で橋の下をくぐり抜けるため、迫力があるんですよ。つまり、制約も視点を変えれば、ポジティブな捉え方をすることができるわけです。東京での舟運事業は確かに難しくはあるのですが、その難しさや制約と共存しながら、これからもアイデアを絞り出し、皆さんに楽しんでいただけるクルーズを提供したいと思っています。

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名橋「日本橋」とリムジンボート

—舟運という古くからある体験をクリエイティブに捉えているところに観光汽船興業の強みがあるように感じますね。

守谷:「クリエイティブ」よりも、「チャレンジ」と言ったほうが近いかもしれません。島国である日本はもともと海運大国と呼ばれ、舟運会社がたくさんあります。実は、その多くが「人を乗せて運ぶ」以外の事業を行なっているんです。例えば、フェリーにしても乗客とともに貨物を運んでいますよね。あるいはレストランシップを運航している企業が陸上で飲食業を営んでいるケースや貸し船を行いながら宿泊業を営んでいるケースなど、「人を乗せて運ぶ」こととは別の収益源を持っている事業者は多いんです。いっぽうで当社の場合は旅客船事業しか行なっていません。だから、挑戦せざるを得ないというのが実情なんです。それが弱みであると同時に強みであると思っています。その強みを生かしながら、世の中の流れに乗り遅れないようにひたすら前進をする、私たちにはそれしかないんです。

—そうした覚悟が観光汽船興業のチャレンジ精神につながっているんですね。今後、日本橋を舞台に挑戦してみたいことはありますか?

守谷:外国人ガイドによる、外国人観光客のための、クルーズを商品化したいと考えています。日本人がガイドをすると、ともすればお国自慢のようになってしまい、外国の方の興味に合わせられないんです。日本橋にいらっしゃる外国人の方がどんなことに興味があり、何を求めているのか。そうしたことを調査しながら商品化を実現したいと思っています。

そして、ゆくゆくは、東京に行ったら「あの船に乗りたい」と誰からも思っていただけるような、日本一の旅客船を運航する会社になりたいですね。陸上には楽しい遊び場や美味しいご飯が食べられるお店がたくさんあります。その中から当社の船を選んでもらえるような存在を目指したいと思っています。

取材・文:阿部伸(アリトリズム編集部) 撮影:岡村大輔

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