Interview
2019.10.02

街の店舗が暖簾を掛け替え? 老舗とクリエイターによる新しい街づくりの形。

街の店舗が暖簾を掛け替え? 老舗とクリエイターによる新しい街づくりの形。

大規模なオフィス・商業ビルに隣接しながらも、路面店舗が立ち並び、路地の街歩きを楽しむことのできる日本橋室町一丁目・本町一丁目。このエリアでは昨今地元の店舗・企業の方々が主体となり、賑わいづくりや景観改善などを目的とした「室一本一にぎわいの会」が発足され、地元主導の街づくり活動が進んでいます。この活動の一環として、老舗店舗・企業が地元クリエイターとコラボレーションし、10月11日(金)より期間限定でオリジナルの暖簾を掲げるイベントを開催。暖簾を手がけるのは、明治創業の染物商品の問屋「丸久商店」5代目の斉藤美紗子さんと、(株)ゆかいのイラストレーター・やまねりょうこさんの、女性クリエイターコンビ。今回はお二人にその制作エピソードや、街とクリエイティブの関係性についてなどをお伺いしました。

時代に合わせ、お客さまと直接コミュニケーションする卸問屋に。

―今回各店舗の暖簾作りを担当された斉藤さんですが、まずは「丸久商店」についてお聞かせいただけますか。

斉藤:丸久商店は“注染(ちゅうせん)”という染色技法を使った浴衣や手拭などを制作する、明治32年創業の卸問屋です。私は5代目にあたるのですが、子供の頃に住んでいたのは千葉県だったので、日本橋にある事務所は父の職場として少し遠巻きに見ているような感覚でした。大学は東京芸大の日本画学科を専攻していましたが、家業のことを考えていたと言うよりは、日本画が好きで、純粋に絵を描きたかったから学んでいたという感覚です。

―家業に関わるようになったきっかけはあるのでしょうか?

斉藤:大学を卒業して大学院も出た頃、父が疲れた様子で「もうお店を畳もうかな。」とつぶやいたことがあったんです。それまであまり意識をしていなかったのですが、子供の頃から慣れ親しんできた浴衣や手拭がなくなってしまうかもしれないと思ったら急に寂しくなってきて。それで家業を手伝うことを真剣に考えるようになり、夫とともに丸久商店で働き始めて、今年で5年になります。

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丸久商店5代目の斉藤美紗子さん

―今丸久商店で斉藤さんが力を入れていることはありますか?

斉藤:伝統的で専門性も高い奥深いお仕事なのですが、伝統を踏襲するばかりではなく、私なりに新しいこともどんどん挑戦したいと思っています。たとえば先日は、小学生に向けた夏休みのワークショップをやりました。夏野菜をテーマに絵を描いてもらって型紙にし、それを染めて手拭を作るという企画だったのですが、子供たちが力を合わせてこんなに素敵な作品になりました。

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ワークショップで小学生たちによって作られた手拭

―とても素敵な取り組みですね。しかしなぜ卸問屋である丸久商店が一般向けの企画をされたのでしょう?

斉藤:昔から卸問屋としてやってきて、工場と小売店の間で動くという仕事がメインでしたが、今はSNSが浸透してきたことで、私たちも発信すれば直接お客さまの反応が見られるんですよね。コミュニケーションを取るうちにもっとお客さまと直に触れ合う機会を作りたいと思うようになったので、ワークショップの他にも地域のお祭りに出店したり、デザインを公募してクラウドファンディングで浴衣を作るというお客さまとの共創企画をやったりしています。今後も従来の卸問屋という形態を超えた取り組みをしていきたいです。

デザインを通して“何を発信するか”を考える。

―やまねさんのこれまでのご経歴と「ゆかい」での活動についても教えていただけますか。

やまね:私も絵が描くのが好きで、高校卒業と同時に上京して桑沢デザイン研究所で学びました。ここでの3年次の時の講師の一人が、私の所属する「ゆかい」の現社長で。パワフルでちょっと癖のある(笑)面白い人だったんですよね。それで「この人について行ったらいったいどんな未来があるんだろう」と思い、社長に導かれるようにして入社しました。私が入社した当時のゆかいは写真事務所でしたが、クリエイティブの分野を強化していこうという流れの中で、私は今イラストレーションの仕事やグラフィックデザインを主に担当しています。

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株式会社ゆかい・イラストレーターのやまねりょうこさん

―今までのお仕事を拝見すると、プロダクト制作やイベント企画などイラストレーターとしての職域を超えているように感じました。

やまね:弊社の仕事はクライアントワークが中心ではあるものの、この頃はそれだけでなく“自分たちで発信していくこと”を強化しています。たとえば先日は島根県のポン菓子を使ったグラノーラのパッケージ制作を担当したのですが、取り組んでいるうちにもう少しプロジェクトを拡張できる可能性を感じてきて。宣伝周りのビジュアル作りや、展示販売会まで提案してみたんです。商品への強いこだわりなど、生産者の考えにも共感していたので、ビジュアルデザインということだけではなく、それを通してより発信性の高い企画に発展させたいと思ったんですね。 こうしたイラストを描くだけにとどまらない姿勢は常に持っていたいと思っています。今回の暖簾のデザインにおいても、単なるビジュアルデザインで終わらせず、その先に何を発信していきたいのか、どういったコミュニケーションを実現できるのか、ということを考えるよう意識していました。

お店の良さを最大限に引き出すための役割分担。

―ではここからは今回の暖簾のイベントについてお伺いしたいと思います。今回のイベントの開催経緯を教えていただけますか?

やまね:昨年「未来ののれん展」という、日本橋の企業とクリエイターの共創による暖簾制作の企画(https://nihonbashi-beta.jp/2018/noren/)があったのですが、その企画を知った地元店舗の方が「店舗の暖簾でも同様の企画ができないか?」と考えられたのが始まりだそうです。

せっかくやるなら1店舗だけではなくエリアの盛り上げに繋がるよう、複数店舗で展開し、地元のクリエイターと一緒に取り組もうという話になって、斉藤さんと私に声がかかったという経緯です。日本橋の室町一丁目・本町一丁目の有志で活動する「室一本一にぎわいの会」という街づくり団体が母体となり、その「にぎわいの会」を構成する12の店舗・企業が参加されました。

―暖簾の制作はどのように進めていったのでしょうか?

やまね:まずはにぎわいの会の事務局の方と私とで、12店舗・企業に一軒一軒ヒヤリングをしました。どういったご商売をされている店舗・企業なのかはもちろん、ビジョンやお話いただいた方のお人柄、大切にしていることなど、形のない事柄についてもなるべく深く聞くようにしました。そのお話をもとに私がアイディアスケッチを描き、斉藤さんがそれを元に実際の暖簾のデザインに落としていく、というやり方をしました。

斉藤:このアイディアスケッチがとにかくかわいくて。きっとヒヤリングの間にいろいろとアイディアが湧き出て描かれたんだろうなぁということが伝わってきて、そこから暖簾にするモチーフを選ぶのがすごく楽しかったです。例えばこの「日本橋弁松総本店」というお弁当屋さんのスケッチにあった“煮だこ”のイラストには一目惚れでした。もうこれは絶対暖簾に入れようと(笑)。お弁当の楽しさを表現するべく、こんな風に散りばめてみました。

スケッチ2

「日本橋弁松総本店」の暖簾デザインの元となったやまねさんのスケッチ

弁松

「日本橋弁松総本店」の暖簾デザイン

やまね:弁松さんは木の箱をお弁当箱に使うのが特徴のお店なのですが、よりお弁当らしさを出すために途中で包み紙を付け加えるなど、皆で相談しながら少しずつブラッシュアップしていきました。また12種のデザインを並べた時のバランスも大事なので、全体の統一感を出すと同時にそれぞれの個性が出るよう、書き直しや細かい調整を繰り返しましたね。

―それぞれのご担当で特に気をつけた部分はありますか?

やまね:モチーフを考える上で一番重視したのは、“人柄を感じるものを抽出して、人の気配が消えないようにする”ということです。繁乃鮨さんなどはまさにそうで、鮨の美味しさはもちろんですが、最終的に印象に残ったのはその鮨を握る“人”だったんですよね。だから鮨を握る“手”をモチーフにしてみました。真心をこめて握る、というお店の考え方がこのモチーフから伝わったら良いなと思います。

繁乃鮨

「繁乃鮨」の暖簾デザイン

斉藤:私は暖簾の本来の役割である“広告”としての役割を意識して、パッと見ただけでそのお店の良さや個性がわかるようなモチーフをセレクトすることを重視しました。デザイナーであるやまねさんの感性を大切に、今回私はあえてお店のヒヤリングに同行せず“暖簾の佇まい”を意識して最終デザインの制作を行ったんです。第三者としての視点を持つことで、お店のことを知らない人が暖簾を見た時の気持ちで制作できたので、こうした役割分担はうまく機能したんじゃないかなと思っています。

-すべての暖簾に共通して入っている左下のマークは斎藤さんが制作されたんですよね?

斉藤:はい、このマークは結構こだわって制作しました。お店の “益々繁盛”の意味を表すべく、升を二つ重ねて、繁盛の意味の“半分”で分けるために「室一本一」の一の字を活用してみました。江戸時代の文化だった“判じ絵”というダジャレのような考え方ですね。

共通マーク

今回の暖簾企画の共通マーク

街づくりにおけるクリエイティブの在り方。

―お二人のお話から、それぞれのお店のことを深く考えているのを感じます。店主の皆さんの反応はどうでしたか?

斉藤:老舗で伝統あるお店も多かったので、果たして理解してもらえるだろうか、ちょっとかわいすぎるんじゃないか…と、皆さんにお見せる前は本当にドキドキでした。実際、店主の方々に初めてスケッチの状態で見せた時は、会場が「??」という雰囲気に包まれ何とも言えない反応だったようで(笑)。皆さんデザインの経験や知識があるわけではないので、「これはこの先一体どうなるんだろう…」と、感想すら言えない状態だったんでしょうね。でも次に実際に暖簾になるデザインを見せた時は大盛り上がり。「俺のどれ?!」と店主の皆さんがはしゃいでいらっしゃったとうかがいました。その時の動画を撮っておいてほしかったかったくらいです(笑)。

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やまね:ホッとした瞬間でしたね。店主の皆さんがさすがだなと思ったのは、「クリエイターの考えを尊重したいし、あまり意見を言うと自分たちの既存の考え方から抜け出せない」という考えをお持ちで、ほとんどデザインの修正が入らなかったことです。皆さんこの企画を面白がってくれて、話し合いがとてもポジティブに進みました。“老舗の店主=頑固で厳しそう”というありがちなイメージも吹っ飛びました。

ただ、本当に企画の価値を実感して頂くのは、暖簾がお店にかかってからだと思います。その時に皆さんがどんな反応をされるのかが今から楽しみですね。

―新しい暖簾のデザインというクリエイティブが、お店や企業の新しい表現に繋がっているかもしれませんね。

やまね:そうなっていたらいいですね。今回、お店や企業のことを何も知らなかった私たちが暖簾のデザインという形でお店を表現したことで、外から見たお店の良さを再発見して頂けたなら、とても嬉しいです。

クリエイティブとかクリエイターって、日頃は馴染みがなくて、地元の方からするとちょっと距離を感じてしまうのかなと思います。だけど具体的な“モノ”ができると少しその距離が縮まりますよね。店主の皆さんの反応が、実際の暖簾のデザインを見た時にガラッと変わったのがまさにそうなのかな、と。「ああ、こういうことなんだ。」っていう理解をつくるというか。目に見えるものとしてアウトプットを出すことで、クリエイティブへの垣根が取り除かれるのかもしれないなと感じましたね。

この企画を通してデザインが持つ力を感じて頂きたいという思いもあったので、質の高いアウトプットを目指して斉藤さんと頑張ってきてよかったなと思います。

斉藤:街のお店の共通かつ重要なアイコンである暖簾を介することで、それぞれの立場や分野を超えて自然に議論が生まれ、やがて同じ方向を向いてまとまっていき一体感が生まれるという流れは、街づくりといってもいいのかもしれないですよね。

街づくりの目的の一つは、魅力的な街にして多くの人に訪れてもらうということだと思いますが、一方で中の人たちのモチベーションを創りだしていったり、新しいつながりを生むことも大切ですよね。そういう意味でも、今回外からの視点で街やお店の魅力を再構築できたことは、すごく前向きだし、街の担い手の方々を盛り上げる素敵なアプローチだったんじゃないかなと思いました。街づくりという言葉は何となく重たい印象もありますが、クリエイティブが介在すると気軽に話し合うきっかけになりますし、街づくりのひとつの手法として機能するかもしれませんね。

暖簾が、街と出会うきっかけになれば良い。

ー今後、街を拠点に挑戦してみたいことやアイディアはありますか?

やまね:私の所属する「ゆかい」は大伝馬町に事務所があるのですが、職場としての街に親しみを感じてはいたものの、今まではその魅力をわかっていなかったんだなぁと気づきました。と言うのも、今回の企画をきっかけに多くの地元の方と話して初めて「あれ、日本橋の人ってめちゃくちゃ面白いかもしれない…」と発見して(笑)。無意識に伝統ある日本橋の街に敷居の高さを感じていたのかもしれません。せっかくこんなに面白い人たちがいるのにもったいないことをしていたなと思いましたね。そしてこの街の面白さを業界の仲間にももっと伝えたいとも思いました。さまざまな技を持っているプロフェッショナルな人が集まる街なので、クリエイターの技と老舗の方々とがコラボレーションするような取り組みができると、何か素敵で面白い相乗効果が生まれる気がしています。

斉藤:私は手がけた暖簾が実際にお店にかかることで、皆さんの役に立てたのが純粋に嬉しかったですし、卸売業の次の形を探る上での自信にもなりました。今までは日本舞踊など特定の業界の手拭作りなどが主だったので、あまり街に根ざすという方向ではなかったのですが、今回の企画を通したさまざまな出会いをきっかけに、もっと街に関わる仕事もしたいという思いを新たにしました。

のれん集合

今回ののれんデザインの一覧

―今回の暖簾企画も、来街客がお店・企業と出会うインターフェースになるかもしれませんね。どんな方に見てほしいですか?

斉藤:やはり新しいお客さまに見ていただきたいですね。暖簾をきっかけに「このお店に入ってみよう」とか「食べてみよう」と思ってもらって、今まで来なかった層のお客さまにもお店や街の良さが届いたら嬉しいです。暖簾がかかっているお店をめぐって、12店舗のデザインを楽しみながら街歩き、なんていうのも面白いかもしれませんよ。

取材・文:丑田美奈子(Konel) 撮影:岡村大輔

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