Interview
2019.4.12

触覚技術で世界を大きく変える。exiiiが考えるバーチャルの未来。

VR(バーチャルリアリティ/仮想現実)と聞いて何を思い浮かべますか?ヘッドセットを頭につけて視覚的にバーチャル空間を楽しむエンターテイメントを想像する人も多いかと思います。しかしVRは視覚だけのものではありません。今回インタビューしたイクシー株式会社(以下exiii)は、VRやAR(拡張現実)、MR(複合現実)における触覚の研究・デバイス開発している会社です。触覚技術はゲームやエンターテイメントだけでなく、製品開発などにも大きく活用できる技術。そんな可能性にあふれた触覚型VRのある未来について、founderでありCEOの山浦博志さんにお話を伺いました。

バーチャル空間の中で感触を感じられる、触覚デバイス「EXOS(エクソス)」。

—今日はよろしくお願いします。先ほど“触れるVR”を体験させていただきました。バーチャル空間に存在するものを触って動かすと、動かした感触が得られるのには驚きました。

ありがとうございます。今、体験してもらったものが私たちの手がけている触覚VRです。手の部分に当社で開発した触覚デバイス「EXOS(エクソス)」を装着すると、バーチャル空間でありながら、ものを触ったり握ったり掴んだりする感覚を味わえることができます。ものを移動させる感覚や、ある程度の素材感を感じることも可能です。

exiiiのCEO山浦さん

—触覚を再現するという視点からのVRのアプローチもあるんですね。

現在のXR (VRやAR、MRなどの総称)は視覚におけるものが主で、触覚についてはあまり開発が進んでいません。しかしこの触覚がバーチャル空間内で再現できると、特にBtoBの分野で役立つようになります。現在取り組んでいる領域のひとつに自動車がありますが、自動車の製造過程で試作品やモックアップをつくることは現在必須です。しかし試作品をつくるにはコストや時間がかかります。触覚VRを活用すればバーチャル空間内の車に乗り込み、触覚を使って車内の色々なところを触れることができるようになります。ハンドルが高すぎるから下げようとか、ボタンが押しにくいから位置を変えようといった検証が、モックをつくらなくてもできるんです。

—VRというとエンターテイメントのイメージがありましたが、BtoBでも注目されている技術なんですね。それにしてもこのEXOSのフォルム、未来的でかっこいい。

ありがとうございます。皮膚が押されて感覚を生み出す部位と、筋肉や腱を動かして感覚を生み出す部位から成り立っていて、触った感覚をこの2つの度合いにより表現します。ちなみにEXOSという名前は、外骨格を意味する英単語「Exoskeleton(エクソスケルトン)」から名付けたものです。筋肉的なもののまわりに殻がついているエビのような構造を外骨格(エクソスケルトン)と呼ぶんです。

実際にEXOSを装着してVR体験をしている様子

—確かに甲殻類が腕についているような感じですね。現在のEXOS(エクソス)」に至るまでに、やはり様々な試行錯誤があったんですか?

試行錯誤しかないですね。3Dプリンタで制作し、綺麗にフィルムを貼りつけた初代のEXOSに始まって、その後も5本指タイプや2本指タイプ、つまめるタイプといったような様々な変化を遂げています。

記念すべき初代のEXOS

現在のEXOSに至るまでの系譜

—時系列の図にしてしまうと延長線上の進化にも見えますが、用途や方向性がそれぞれ違うんですね。

そうですね、それぞれ目的が違います。以前のEXOSはモーターが1個しか入っていません。一方向に力が出るんですけど、それで何ができるかと言うとできることは少ないですよね。すべてはここから始まりました。自動車の設計や検証で使いたいとなると手のひら全体に感触が欲しいんですけど、これだと指先だけで、一方向しかデータを得られません。ちなみに2本指のタイプのものは、指先でものを掴むことはちゃんとできるんですけど、アプリケーションがすごく限定されていたりします。今では、手全体にどんな方向からどんな力がかかっているのかを再現できるようになっています。

―多くのバージョンがありますが、その中でブレイクスルーとなったものはありますか?また、どんなブレイクスルーでしたか?

分かりやすいところではモーターとバッテリーの小型軽量化、通信の無線化と高速化あたりです。これらの基本スペックが上がることで体験の質が大きく変わりました。

—開発にあたって、基本スペックの向上というのは大きい課題なんですね。

結局、身につけるデバイスなので、重たかったり大きかったりするとうまく扱えないんですね。制約がないのであれば、重いけれど性能のいいモーターを使って、より人間に近いものをつくることは可能です。しかしそれでは現実的には使えないんです。なので、毎回重さと体積という制約に向き合わなければならない。制約の中でどうやって性能のバランスを保つかが毎回の課題です。

会社外のプロジェクトで世界的な評価。
垣根を超えたものづくりを求めて独立。

—山浦さんが起業に至るまでの経緯をお聞かせください。

元々、大学院ではロボティクスの研究をしていました。「人間と機械の協調」といった文脈で義手をはじめとした様々なデバイス開発を行っていたんです。現在開発しているものも、人間の感覚をハックするようなものなので、大学時代の研究がベースになっていると言えるかもしれませんね。

—なぜその研究を選ばれたんですか?

他の機械系の研究室ではすごく細かい要素技術的なテーマを扱う所が多かったです。もの凄く強度のある素材とか、トルクの強いモーターとか。それに対し私のいた研究室が掲げていた「人間と機械の協調」というテーマは、ある種、応用に近いもので、様々な要素技術の組み合わせで問題の解決を試みる分野でした。工夫をこらしてものを作るのが好きだったので、そうした応用の方が自分に合っているかと思いました。また、その研究室の説明で、「人間の身体はすごく精密に動いて、驚くほど力強く、耐久性も高い。この身体を機械で完全に再現することはとても困難、言うなれば人間は極めて複雑な機械である。この人間の機能を工学的に再現しようとすればするほど、人体のすごさがわかってくる」といった内容を聞いて、単にものを作るだけではない面白い研究ができそうだと考えました。

—その後、メーカーに就職、起業へとつながるんですよね。

はい。勤めていたパナソニックでは、デジタルカメラの設計に携わっていました。在籍当時、exiiiの創業メンバーと会社以外のところで色々なプロジェクトをやっていまして、その中のひとつである義手のプロジェクトが国際コンペ“ジェームズ・ダイソン・アワード”で評価されました。これ以降、起業を意識するようになりました。起業した背景としては、受賞したテーマを実際に形にしたいと思ったこと。あと、大企業的な働き方とは違う働き方をしたくなったこと。この2点が挙げられますね。製造業は組織がきれいに分かれていて、企画は企画、設計は設計、製造は製造と縦割り式です。でもものづくりの楽しさって、その全部を体験するところにある。そう考えていくうちに小規模な組織でものづくりをしていきたくなったんです。

初代EXOSを装着する山浦さん

—その他にも起業のきっかけとなったことはありますか?

あとは社会的背景として、デジタルファブリケーションが盛り上がっていた点ですね。個人でものをつくれる範囲が大きく広がってきたのが大きいです。また、ハードウェアのスタートアップが出始めた頃でして、どの会社もすごくワクワクすることをされていました。それを見て、自分たちもやってみたいなと思い、起業したというのもあります。

場所をとらない、材料費・輸送費ゼロ。
触覚デバイスでXRの未来はどうなっていく?

—exiiiではミッションに「人間とコンピューティングの新しい関係を作り出す」を掲げていますが、もう少し深掘って聞かせていただけますか?

現在のVRは、最終的にはフィジカルで使うものを一旦バーチャルで代替している状態です。例えば、家にベッドを運び込むという行為(フィジカル)をしようとした場合、ベッドが大きすぎて入らないかもしれません。そこで、バーチャル化したベッドをバーチャル空間に置いてみて、入れられることを検証するわけです。で、最終的には実際の部屋に実際のベッドを運び込むことになります(フィジカル)。製造開発でいえば、毎回試作を実際につくっていたら大変なのそして、VRでの検証で代替してみる。それで問題がなければ最終的に実物をつくる、これが現時点での使われ方なんです。しかし今後は、最終的な使い方もバーチャルなままで一切フィジカルにならない使われ方が出てくると考えています。

—それはどういうことですか?

例えば、バーチャルのピアノをバーチャル空間の中だけで使用するとか、バーチャルのかっこいい自動車をバーチャル空間の中で鑑賞するだけといったような“バーチャルプロダクト”という考え方が出てくと思っているんです。ピアノの例で言いますとマンション住まいでスペースがなくピアノを置けない人はこの世の中にたくさんいます。そういった人たちがバーチャルピアノをリアルなピアノの代替品として使用することが将来は考えられます。

—バーチャルの中でしかピアノを使わない訳ですね。

はい。しかしそこで問題が生じます。それは、バーチャルプロダクトは実際に触ることができないということ。現在のバーチャルピアノは、音が出て演奏はできますが、弾いた感覚はありません。触っている感覚がなかったら演奏しているとは言い切れない。しかしそこに弾いている感触があれば、バーチャルプロダクトが持つ課題を解決できます。だから私たちは触覚デバイスを手がけているんです。

—バーチャルで完結するオブジェクトが日常にある世界、つまりそれが「人間とコンピューティングの新しい関係」なんですね。

そうです。テレビのブラウン管は約120年前に生まれたんですが、そこから今までコンピューティングは2Dのディスプレイで行われてきました。これが今、VRを用いて目の前に空間を生み出し、その空間全体をディスプレイとして使えるようになってきました。これはものすごく大きい転換点で、今後様々なものがバーチャルに置き換えられていくことが充分に考えられます。テレビ、リモコン、ホワイトボード、時計、これらはすべてバーチャルなオブジェクトになり得るんです。でもそこで大きな課題となるのは先ほどもお話しした通り、触れないということ。しかし触覚デバイスで触れるようになったなら、そのデジタルオブジェクトは、ほぼ物質に等しくなります。バーチャルプロダクトは今後私たちの生活に浸透していき、暮らしは大きく変化していく。そんな社会が、ビジョンで掲げている「人間とコンピューティングの新しい関係」です。

—ちょっと意地悪な質問ですが、バーチャルピアノのようなプロダクトは生活レベルにまで普及するものなのでしょうか?

現在のVR、例えば先ほどのバーチャルピアノはまだまだおもちゃみたいなものです。けれども、発売当初のデジカメを思い出してみてください。最初は性能が低くおもちゃみたいなものでした。しかし、デジカメには大きな特性がありますよね。フィルムがいらないことや、その場ですぐに確認できること。その特性が活かせるフィールドでまずは受け入れられて、その後、性能が徐々に上がっていき最終的にはフィルムカメラを超えました。今のバーチャルプロダクトは発売当初のデジカメのようなものだと思います。現時点では、性能はまだまだですが、それよりも既存にない特性があることが重要なんです。例えば空間を占有しない、保存も改正も複製も容易、材料費輸送費ゼロ、使用中のデータを抽出することもできます。ピアノであれば、何楽章の何小節目で、あなたは何%の確率で間違えますといったデータをとることだって可能です。こういったリアルなプロダクトにはない特性があるので、デジタルカメラのように、バーチャルプロダクトも普及すると考えています。

触覚デバイスの未来を広げる
企業・デベロッパーとコラボレーションしたい。

—今後コラボレーションしていきたい相手はいますか?

現在exiiiは、製造業との協働に注力しているので、製造業の中で触覚デバイスを活用していただける企業さんとコラボできればと思っています。いまは自動車系や重工が多いですが、他にも相性のいい業界はいくらでもあると思いますので、そういったところとコラボしていきたいですね。また同時に触覚デバイスの新しい用途を広げていきたい想いもあるので、こんなことに使いたいという面白いアイディアを持ってきていただけるデベロッパーさんには、積極的に協力したいと思っています。組織の規模や予算の関係で買えないけれどやってみたいデベロッパーさんには無料で貸し出し、様々なユースケースをつくっていただけるようなプログラムも行っています。

—現在でもいくつか面白い事例があるとお伺いしていますが。

実際にアウトプットされたもので言うと、職人さんの技をVRで学びましょうというプロジェクトがあります。職人技という感覚的なスキルを習得するためのプロジェクトです。例えば、魚をさばく時に日本料理の職人はどういう手応えを感じながら魚をさばいているのかというのを、触覚デバイスを用いて体験してもらえます。

—職人とテクノロジー、面白いですね。実際の職人の所作を再現するということですよね?

そうです。職人さんが見ている視界を撮影し、腕の動きや力加減も記録します。あとからそれを体験したい人はヘッドセットをかぶって、腕に触覚デバイスをつけると、職人がどこを見ながらどのように魚をさばいているのかがわかり、職人が動かしているのと同じように腕が動かされます。

—鮨職人の握り方などにも活用できそうですね。この記事を読んで触覚に興味を持った企業やデベロッパーさんが、連絡をしてきてくれたら嬉しいですね。

はい。ぜひ声をかけてもらえればと思います。「人間とコンピューティングの新しい関係」を一緒に生み出していきましょう。

取材・文 : 安井一郎(Konel) 撮影 : 岡村大輔 

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