Interview
2019.04.03

伝統工芸をもっとオープンに。異業種の発想を軽やかに取り入れる、江戸切子の店・華硝の挑戦。

伝統工芸をもっとオープンに。異業種の発想を軽やかに取り入れる、江戸切子の店・華硝の挑戦。

誰もが知る美しい工芸品・江戸切子。その名に“江戸”が付くのにも関わらず、発祥の地である日本橋には工房がありませんでした。そんな中2016年にオープンしたのが、華硝(はなしょう)日本橋店です。 MADE IN TOKYO の文化を積極的に発信し、伝統工芸をどんどんオープンにしていくこの会社の取り組みを、店長の熊倉千砂都さんに伺いました。

居間のこたつが原点。“サービス業としての物作り”にこだわる。

―華硝のこれまでの歩みについて教えてください。

祖父である初代は、もともとは江東区のガラス工房に弟子入りして修行していました。その後独立して、1946年に亀戸で開業したのが華硝です。日本橋店は2016年にオープンした新しい店舗で、私の弟にあたる職人の熊倉隆行の作品を多く扱っています。親子3代、家族が中心になって運営してきた会社です。

―なぜ2店舗目が日本橋だったのでしょうか。

江戸切子発祥の地は日本橋大伝馬町と言われているのですが、その工房は1軒もなかったんです。だから江戸切子をやるからには「いつか日本橋にお店を出したいね」と10年以上前から話をしていました。資金や生産体制を整える目処がついてきた頃、良い物件に出会いここにオープンしました。

―満を辞してのオープンだったんですね。昔はメーカーの商品を作っていたと聞きました。

祖父の頃は、大手ガラスメーカーの下請けとして、指示されたものを作って加工賃料をもらっていました。これは江戸切子の工房では一般的なことだったのですが、2代目である父は、技術も経験もあるのに言われたものだけを作ることに疑問を持っていたようで。だから仕事の合間に自分のオリジナルの作品を作り、それを友人にプレゼントしていたんです。そのうちそれが評判になりお金を出して買いたいという人が増えてきて、販売もするようになりました。

―なんだか、サイドビジネスのような取り組みですね。

そうですね、最初は父もそんな感覚だったと思います。でもあまりに買いたいと言う方が増えて、中には法人の方も出てきたので、これはもうメーカーを通さなくてもやっていけるのでは?ということになりまして。それで思い切って下請けをやめて直接販売に絞ることにしたんです。
初めは自宅の居間のこたつで販売していたんですけどね。誰かが来ると作品を出して、帰るとしまって。そして同じ場所でごはんを食べるという家でした(笑)。ちなみにその居間を改装したのが現在の亀戸の店舗なんです。

―こたつが最初の店舗ということですね…!お客さまとの距離の近さが良いですね。

確かに距離は近いですね。直販だとお客さまと1 : 1でニーズが聞けて、それがそのままマーケティングになります。私たちはお客さまに喜んで頂くことを最も大切にしているので、工房でありながらサービス業としての要素の方が強いと思っています。そのスタンスを守りたいので、工場直営店にこだわりどこにも卸さないと決めています。

キャリアに悩み、一大決心して家業に飛び込む。

―熊倉さんご自身は、どのようにしてこの世界に入られたのでしょうか。

私はもともと学校の教師をしていたんです。ただ非正規だったため雇用が安定しておらず不安もあり、キャリアについて悩みを抱えていました。どうしようかと親に相談したら「うちに入ったら?」と言われまして、思い切って家業に入ることに決めたんです。だから、もともとこの世界を目指していたというわけではないんですよ・・・、これ、あまり良いエピソードではないですね(笑)。

―いえ、むしろ親近感がわきました(笑)。家業に魅力は感じていなかったんですか。

正直、少し嫌だな、という気持ちがありましたね。私が子供の頃の両親は、製造・包装から配達まで全てをやって24時間働いているような状態。休日もなく、とてもハードなのをそばで見ていましたから。9-17時の仕事の方が良いなって思ってました(笑)。

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―今はとても生き生きと活動していらっしゃいます。何か変わるきっかけがあったのでしょうか。

はっきりとしたターニングポイントがあったわけではありませんが、教師時代の経験もあり、「伝える」ということが好きだったんですよね。それもあってセミナーなどで話すことを任されるようになった頃から、仕事に対する考えが変わってきた気がします。自分がこれまでやってきたことが家業の役に立つんだ、ということの喜びを知ったというか。
その後仕事を通して社外の多くの人との出会いがあり、様々な世界を学ぶのがどんどん楽しくなっていきました。そのような出会いや学びは、この家業だからこそのものなんだと思うようになって、だんだんと仕事に愛着がわきはじめたという感じです。

―素敵な変化ですね。進む道を決めたことで逆に世界が広がったようです。

初めは高い志をもっていたわけではありませんでしたが、今は日本人として日本文化に関わっている誇りを持っていますね。伝統工芸の将来を担い、夢を見られる仕事って良いなぁって純粋に思っています。

雰囲気はまるで大学のゼミ。エンジニアから居酒屋店員まで、様々な職歴のメンバーが集う。

―熊倉さん含め、華硝は若い方が多いですよね。世間では職人の高齢化が問題になる中で、珍しいと思いました。

今は職人や営業、企画等合わせて全部で12名の社員がいるのですが、20代のメンバーも多いので確かに若いですね。全員未経験で、一から華硝の技術を学んできた社員です。元システムエンジニアとか、居酒屋店員とか、転職で来る方が多いですね。

―元エンジニアとは・・・。ずいぶん異色な職歴の方が来ますね。

そうですね。既存のメンバーの年齢層が若いので、同世代の方にとっては敷居が低いようですし、工房の中の情報をオープンに発信するようにしているので、入る前に知ることができる情報量が多いのだと思います。だから別業界の若い方も挑戦しやすいのではないでしょうか。また、おかげさまでメディアにもよく出させて頂いているので、工房の中ではわりと知名度はあるのかもしれません。

―入ってからは皆さんどんなところに魅力を感じるのでしょう。

自分の手で何かを作って人に喜んでもらう、ということにやりがいを感じている人が多いです。会社の雰囲気も、大学のゼミみたいに和気あいあいとしていますし、12人という規模もちょうど良くて居心地が良いとも言われます。以前は会社勤めが難しかったという人が、うちでは生き生きと働いていて、親御さんから「うちの子を元気にしてくれてありがとうございます!」と電話がかかってきたこともありました(笑)

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アップルやバカラも参考に。伝統工芸の枠を超え、世界ブランドから学ぶ。

―皆さんブログなどで頻繁に情報発信されていますよね。江戸切子を伝えていく使命感のようなものを感じました。

普通の会社がやっていることをやっているだけなんですよ。でも伝統工芸は情報発信が苦手な業界なので、珍しいのかもしれませんね。そもそも江戸切子は食器で日用品ですし、贈り物にも日常使いにも良いから気軽に利用して頂きたいんですよ。お店だって「いつでもウェルカムですよ」と伝えたくて。なのでこまめに情報発信して、江戸切子とお客さまの心理的な距離を縮めようとしているというのはありますね。

―なるほど。オープンなイメージ作りには戦略もあるんでしょうか。

そうですね、本などを読んで大企業のブランディングを学ぶようにしています。例えばアップルの、技術力を持ちながらデザインも大事にするという考えはとても好きです。インプットしたことは「あの会社はこう考えてるらしいよ。」という感じで社内でも積極的に共有するようにしています。

―アップルですか!意外です。全く違う業界を参考にするんですね。

“伝統工芸”の枠組みで見てしまうとなかなか発展しないんですよ。バカラのように伝統工芸でありながらも世界的なブランドになっている例もありますよね。そういう企業の情報を積極的に取るようにして、わかりやすい事例として社内にも伝えるように意識しています。私たちもやっていることはバカラと同じはずなんですが、日本だとどうしても伝統工芸=クローズな世界になりがちです。

―確かに、バカラからはクローズな印象は受けませんね。日本の伝統工芸もバカラと同じ業界と考えると世界が広がりそうです。

そうですね、開かれた業界にできるよう私たちも頑張ります。

直販にこだわるからこそ叶う、“全行程手作業”の江戸切子の輝き。

―商品のことについても詳しくお伺いしたいのですが、江戸切子に対する華硝のこだわりはどんなことでしょうか。

まずは何より優れた技術です。技術がなければ良いものは作れませんから、そこは土台となる部分ですね。初代の技術を2代目が引き継ぎ、オリジナルの紋様を作るなどして進化発展させてきました。“技術は伝統を守り、デザインは現代的に”ということを心がけています。

―最後の仕上げまで手作業でされているとのことですが、それは珍しいことなんですか。

珍しいですね。江戸切子はもともと白いガラスに色ガラスを重ねて、グラインダーという機械でカットしていきます。カットするだけだと曇りガラスのような状態なので、光らせるには磨かなければなりません。一般的にはそこで薬剤に浸けてガラスを光らせるのですが、弊社では薬剤は一切使いません。仕上げの磨く工程まで全て手作業でやっており、紋様を一つ一つ時間をかけて磨きます。見た目はこんな風に違います。

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実際に薬剤を使って仕上げたものと華硝の商品の両方を見せて頂く

―これは全然違いますね!素人の目でも輝きの違いがわかります。

薬剤を使うと色が薄くなってしまうのと、光り方が鈍いんです。また触ると手磨きの方がしっかりしていて、カットのコントラストが出ているのがわかりませんか?

―確かに触り心地も違います。細かい紋様までしっかり浮き出ています。

手磨きのものはたわしで洗えるほど丈夫なのも特徴です。また薬剤のようにガラスを弱めないので、表面に浅く繊細なカットを施してもそれがきちんと見える。
もっとも、薬剤に頼らず手磨きができるのは、私たちが直販で限られた数しか作らないからです。大量に作っていたら全て手作業にすることは不可能なので、今の営業スタイルだからこそこだわれる部分ですね。

コラボ商品が新作のモチーフに。異業種から新しい発想を取り入れる。

―最近は異業種とのコラボレーションを積極的にされていますね。この江戸切子の紋様がモチーフの手ぬぐいも素敵です。

ありがとうございます。最初これを作ることになった時、両親には「え、手ぬぐい?!」と心配されましたが、いざ作ってもらったらすごく良くて。やはり華硝での私たち世代の役目は、江戸切子の世界を拡張させていくことだと思いました。

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コラボ商品の一例

―このコラボはどうやって実現したのでしょう。

日本橋にある戸田屋さんという手ぬぐいを作っている会社から、友人経由でコラボのお話を頂きました。気軽な気持ちでお願いしたらとても素敵なものをご提案下さって。複数の紋様が組み合わせられた斬新なデザインに「これかっこいいね!」と皆で盛り上がりました。ちなみに・・・これがきっかけで2つの紋様が組み合わさった、新しい江戸切子のデザインもできたんですよ。

―コラボの手ぬぐいが、逆に華硝の新デザインのモチーフになったということですか。

そうです。展開も広がって3種類(グラス、皿、花器)になりました。コラボレーションする時は、あえてこちらの希望を一切言わないようにしています。そうすることで自分たちの発想にはない思わぬ提案があったりして、自分たちの商品をアップデートすることにも繋がるんです。とても面白いし勉強になりますよ。

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手ぬぐいの柄が元となった商品

―楽しい発展があるんですね。

この手ぬぐいをきっかけに榛原さんと一筆箋(小さな便箋)、伊場仙さんと扇子など、日本橋の名店とのコラボにつながりました。全てご紹介で広がっていった企画です。日本橋は人から人にどんどん繋がっていく街なので、とても楽しいですね。

それと、ここに来てからとにかく何でも早いんですよ。江戸っ子気質なのか、お願いしますと言うと翌日できてるとか、食事のお約束も数ヶ月後くらいのつもりでいたら「え、来週じゃないの?」みたいな感覚で(笑)。でも動きが早いからこそ何をするにもどんどん前に進みます。私は密かに日本橋を“スピードと発想の街”って呼んでいます。

尽きぬアイディアで、次は海外とのコラボも視野に。

―今後はどんなことにチャレンジしたいですか。

江戸切子を“使う”ことをもっと発信していきたいです。今は商品を売ることが中心ですが、日本酒を入れた時の美しさなど、使うことでわかる良さを知ってもらいたい。例えば夜にセミナーをやったり、ホテルとコラボしてバーで使って頂くとか、いろいろ考えています。

―来年は東京オリンピックで街を訪れる人も増えて、発信するチャンスが多いかもしれませんね。

伝統工芸といえば京都というイメージがまだまだ強いですが、東京の伝統工芸品って意外と多いんですよ。東京という街自体は外国人の方にはとても有名なので、その東京でMADE IN TOKYOのこんなに良いものがあると知って頂きたいですね。
また海外とコラボするというのも興味があります。紋様とは文化の表現なので、それぞれが持っている文化同士が合わさると面白いものができそうです。海外のガラスで作ってみたいという社内の声もありますし、そこにそれぞれの紋様や色を入れたらどうなるのか気になります。

―実現したら日本の伝統工芸がさらに面白くなりそうですね。

やりたいことは尽きませんが、“江戸切子を使ったサービス業”という私たちらしいスタンスを大切に、より多くの方に喜んで頂けるように前に進んでいきたいですね。

取材・文 : 丑田美奈子(Konel) 撮影 : 岡村大輔 

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