Interview
2019.3.19

祭りを通じたコミュニティづくり。
地域の未来を切りひらく、マツリズムの試み。

今回インタビューしたのは、一般社団法人マツリズムの代表理事を務める大原学さん。祭りへの愛情が抑えきれず仕事を辞め、貯金を切り崩しながら半年で全国約30もの祭りを駆け巡ったという経歴の持ち主です。現在は祭りの魅力を日本全国に発信し、体験してもらう活動と同時に、祭りを通じて地域コミュニティの活性化や地域の絆を強くする活動をされています。そんな大原さんに、祭りとの出会いや、歴史ある祭りがこれからどのようになっていくのかなど、様々なお話を伺ってきました。

祭りを通じてコミュニティをいきいきと。地域の課題を祭りで解決していく。

—今日はよろしくお願いします。肩書きがマツリテーターとなっていますね。これはどういう役職でしょうか?

マツリテーターは祭りとファシリテーターを掛け合わせた造語です。祭りを通じて人と人、人と地域をつなぐメンバーを私たちはマツリテーターと呼んでいます。

—そんな大原さんが代表理事を務めるマツリズムの活動について教えていただけますか?

はい。マツリズムは「祭りの力で、人と町を元気に」をモットーに、日本の祭りを多くの人に体験してもらったり、祭りを運営する方々のサポートをしています。活動内容は大きく2つ、ツアー活動と地域向けの活動です。ツアー活動は祭りに参加したい人を募り、日帰り〜2泊3日程度のツアーを行うもの。地域コミュニティにどっぷり浸かって、祭りの打ち上げまで全行程参加してもらいます。現在は全国12カ所のツアーがあり、一部、団体向けに行っているものもあります。2018年末の時点で、ツアーは30回ほど開催しており、のべ400人が参加しています。

—打ち上げまで体験できるというのはすごいですね。

そうですね。祭りって見るよりも参加するほうが楽しいんです。参加して地域の人と深くつながると「ただいま」「おかえり」と言い合えるほどの関係になれることもあります。そこに祭りの価値があると感じていて、多くの人に味わっていただきたいなと。

—実際に「ただいま」「おかえり」と言われるんですか?

はい。私は2014年に徳島県三好市・阿波池田の阿波踊りに参加したことがきっかけでこの事業を始めました。まだ法人を立ち上げる前の話です。その翌年もまた参加したのですが、その時に地域のみなさんが申し合わせたように「おかえり」って言ってくれたんです。後日、「あの時はみんな自然と『おかえり』って言葉が出たんだよね」と地元の方々に言ってもらえて、すごく嬉しかった。家族以外でおかえりって言ってくれる人は、いないですもんね。

—ほんの数時間だけでもそこまでの関係性を築けるんですね。続けて地域向けの活動についても教えてください。

地域向け活動の代表的なものはワークショップです。日本全国どこの祭りに行っても“祭りの担い手が足りない” “若手が少ない” “人材育成ができない”“寄付が減っている”といった課題を抱えています。その課題の解決や、それぞれの祭りが持つ魅力をどう伝えたらいいかについて一緒に考えていくワークショップをオーガナイズさせていただいています。今までに13回ほど行って、200人以上が参加してくれています。

小浜の紋付き祭に参加(福島県二本松市)

あとは動画を通した魅力の発信ですね。地元に住む人が自分たちの祭りはかっこいいんだ!ということを再確認できる動画を地域の人たちと一緒に作っています。祭りって違う地域の人たちはもちろん、そこに住んでいる人も意外と知らなかったりするんです。そこで、その地域との関係性が深くないと撮れないような“距離感の近い動画”を撮影し、祭りの魅力に気づいてもらう仕事をしています。これらは、自治体の補助金や助成金を使っての活動です。2017年からは日本財団がスポンサーになり行っている海の祭り支援活動(海と日本プロジェクト)や、大手旅行会社と協働で外国人観光客向けの参加型ツアーを作るインバウンドプロジェクトなどにも参画しています。

祭りとは円陣である?!祭りが持つ地域の絆を強くする力。

—そもそもなぜ大原さんは祭りに興味を持たれたのですか?

私、大学1年生の時が人生で一番のどん底だったんです。大学進学を機に東京に住むようになったのですが全然都会に馴染めなくて、描いていたキャンパスライフとは、ほど遠いものだった。入ったサークルは飲みがすごくてつぶされるばかりだし、精神的に辛くてアトピーにもなりました。色々なものが募りに募って、最終的には人に会いたくないと思うようになっていたんです。完全に負のスパイラルに陥っていました。そんな時に、友達から祭りに行こうよって声をかけられたんです。それを聞いた時、祭りだったら少しくらい行ってみてもいいかなってなぜか思えて、友人に連れられ出かけてみました。最初は斜に構えて祭りを見ていたんですが、見ているうちにちょっといいなと思い始めまして、友人に手を引かれて祭りの輪の中に入って行きました。輪の中で踊り始めたら今までのことがどうでもよくなって、今の自分を肯定はできないけど、これでもいいんだなと思えるようになったんです。それからの大学生活は、花開いた感じがしましたね。

—たくさんの人が集まり楽しんでいる祭りには、何か力があるんでしょうか?

そうだと思います。私は学生時代バレーボールをずっとやっていました。チームスポーツの経験がある人は分かるかもしれませんが、例えば円陣で人が集まると、今パワーが増幅しているなと感じる時があるんですよね。その瞬間が私は好きで。祭りにもそれを感じたのかもしれませんね。ちなみに、大学の卒業論文のテーマは円陣だったんですよ(笑)。

—卒論のテーマが円陣というのは面白いですね。もう少し聞かせてください。

どのように円陣を組んだら一番効果が最大化されるかを研究していたんです。日本で円陣は気合いを入れることが目的ですが、海外では戦略を立てるために行うものなんです。戦略的円陣ができたのは150年ほど前。アメリカンフットボールで口と耳が不自由な選手がいたんですが、チームはその人に対して手を使ったサインを送っていました。でも相手にバレるようになってしまって。さぁどうするとなった時に円の陣形を組んで、相手チームにわからないように作戦を共有したんです。それが円陣の最初と言われています。

—円陣にそんな歴史があるんですね。

研究の結果、円陣には“いい円陣”と“悪い円陣”があって闇雲に円陣を組めばいいわけではないと分かってきました。ポイントは3つありまして“身体接触” “前傾姿勢” “大きな声”。それらすべてが満たされた円陣は、構成員全員の目標達成意欲と親密度が向上し、よいパフォーマンスに繋がります。逆にそのひとつでも欠けてしまうと、意欲と親密度も低下します。だから下手な円陣なら組まない方がいいんです。

—“身体接触” “前傾姿勢” “大きな声”というのは祭りの神輿に似ていますね。

そうですね。私は祭りを円陣の延長線で見ています。祭り自体が円陣という感じですね。一緒に身体を合わせて大声を出し一体感を得た瞬間に仲間になれるんです。一体感を醸成するということは祭りの目的のひとつです。みんなで肩を組んで声を出し、重いものを「せいの!」で持ち上げる。すると達成感が感じられ、その瞬間に仲間になれるんです。それを繰り返していくとコミュニティができていく。同じ地域に住んでいて利害の対立がある人同士でも、祭りという365分の1日だけは一丸となれます。そういう経験をすることで、残りの364日が豊かな日々になると私は思うんです。

—地域の絆を強くするのが祭りの意義なんですね。

はい、そうだと思います。例えば神輿。実はあれ、かなり精巧につくられたものだと私は思っています。

—といいますと?

担いでいる人は意識していませんが、神輿は一体感に必要な負荷をかけるために、わざと重くしているんだと思います。その負荷のかけ方が絶妙で、祭りの最後の最後に、みんなで力を合わせないと担ぎきれないちょうどいい重さに設定されているんです。祭りというのは、歴史の中で誰かが一体感を出すために適度な負荷をかけて巧妙に作り上げたものだと、私は思っていますね。

黒石寺蘇民祭での柴燈木(ひたき)登りを再現する大原さん

“人の渦”が持つ力に興味を惹かれ、一般社団法人を立ち上げる。

—大学卒業後は祭りのことは忘れて、就職をしたんですね。

祭りに携わりたいとは思っていたのですが、食べていける気がしなかったので(笑)、まずは外資系の金融会社の営業職に就きました。もともと人に対する興味が大きかったので、本当は人事系の部署に異動したかったのですが、リーマンショックの影響もあって異動は難しいという現実を突きつけられました。それもあって5年ほど働いたのち、人にどっぷり関われる人材育成のNPO団体に転職したんです。そこで新たな気づきがありまして、自分は人も好きだけれども人の渦、つまりたくさんの人たちが生み出すものに興味を惹かれるんだと分かり、そこで、祭りだ!と思ったんです。

—それまでも祭りには参加されていたんですよね?

NPO法人を2016年6月に退職し2016年11月にマツリズムを設立したのですが、2014年から先ほどの阿波池田の祭りに参加し活動を始めていました。NPO法人を辞めてからの数ヶ月は、約30の祭りに参加するため日本全国を飛び回りました。もちろん収入はゼロ。奇行でしたね(笑)。

—素朴な疑問なのですが、新しい町の人たちと仲良くなるためにどうしているんですか?

それはですね。まずは、クリーニング屋と米屋、酒屋の人たちと仲良くなるんです。

—クリーニング、米、酒ですか?

はい(笑)。そういった人たち、つまりその地場だけが商圏の人は確実に地域から信頼を得ているんですよね。そうしないと仕事が成り立たない。その方々と仲良くなると話がスムーズに進みます。そしてあとは祭りを通していろいろな方と繋がりをつくっていきます。祭りの時だけは社長だろうがフリーターだろうがみんな肩書きが外れますからね。市長がいたとしても、関係性は常にフラット。だから祭りの時に話をしていなくても、後日「祭りにいたよね」という会話から一気に距離が縮まるんです。

—どんな人とも対等になれるんですね。確かに祭りの時は格好つけずに自分をさらけ出します。

そうですね。自分は“パンツを脱いだコミュニケーション”と呼んでいるんですが(笑)、祭りの時だけでなく、ありのままの自分を見せるコミュニケーションはとても大切だと思っています。東京から来て、大学を出て、カタカナ言葉や地方創生なんて小難しい言葉を使っていれば、そりゃ相手にしたくないですよね。

—日本橋・馬喰町に事務所を置いた理由もコミュニケーションが関係あるとお聞きしました。

とある祭りに行って自己紹介をした時でした。東京のどこから来たんだと聞かれ、当時住んでいた渋谷と答えたんです。でも渋谷というとIT企業や109のイメージがありますよね。シティボーイやな!と笑ってはもらえたものの、その時に距離感を感じたんです。住んでいたのは渋谷区のはずれで都会らしくない場所だったのですが、誤解されてしまうのはもったいないなと。そこで日本橋・馬喰町に拠点を移しました。この日本橋、特に馬喰町は地方に行くと知ってらっしゃる方が多いんですよ。すごく会話が弾みます。

—馬喰町はそんなに有名なんですか?

馬喰町は問屋街が多いので、祭りに参加する方々は結構取引があるようです。馬喰町で昔勤めていたよなんて話をされることもしばしば。地方の方々にとって、東京の中でも馴染みのある土地なんだと思います。日本橋・馬喰町という名前を聞くだけで、伝統や文化が感じられるところもいいですよね。

—マツリズムと日本橋の両方に共通する考え方などはありますか?

日本橋は元々住んでいた人がいて、そこに新しいものがどんどん流入してきていますよね。必然的に元々あるもののよさを活かしつつ、リノベーションをしていくという発想になります。長く歴史のあるものにアートやクリエイティブなどの合理的でない何かを加え、人を惹き付けていく。それが日本橋のように感じます。その発想はマツリズムのやりたい活動にも通じる考え方なので、何かコラボできたら面白いですね。

祭りを後世に伝えていくためにこれから続けていきたいこと。

—祭りの世界でもリノベーションは求められているんですか?

はい、祭の運営サイドからは祭りを新しくアップデートしていきたいという声は上がり始めています。どう新しくしていきたいかのイメージはまだ誰にも見えていないのですが、このままだとまずいという意識は感じられます。親たちが残してくれた祭りをこのまま子供たちの代に引き継いでいきたい。けれども人口は減っていく中でなかなか手だてがない。現時点での取りうる選択肢は2つです。人集めに重きを置いて、参加の敷居を下げてイベント化していく方向。そして、無くなってもいいから伝統的なやり方で自分たちだけでやっていくという方向。しかし、前者であれば気をつけないと祭の核となる精神性が薄くなってしまうし、後者であれば、いつかは担い手が減って消滅してしまう恐れもある。しかし、私はそのどちらでもない方法があると思っているので、そういった第三の道を地元の方々とともにつくっていきたいです。

—今後どのように活動を広げていきたいとお考えですか?

主要メンバーは私と理事の2人です。その他に、祭りやイベントごとに手伝ってくれるメンバーが都内に5~6人。さらに10人ほどのローカルマツリテーターが全国にいます。今は主に私がハブとなって祭りとみなさんを繋いでいますが、さすがにこれ以上の祭りの数になると、私ひとりだけでは抱えきれない。なので、主力メンバーとして一緒に活動してくれる人をいつも探しています。人に興味があって、よりよい方向に人や地域が変わっていくことを面白いと思える人に出会いたいですね。

大原さんに聞く印象深いお祭り3選

日本全国の様々なお祭りを知る大原さんに“美しい” “驚愕する” “ほっとする”を基準に、いくつかお祭りを紹介していただきました。

“美しい祭り”なら徳島県の阿波踊り
鮮やかな衣装と艶のある手の動きがとにかく美しい。徳島県は染め物へのこだわりが強い地域ですので、女性の方々が身にまとう着物の綺麗さは格別です。私は、阿波踊りの美しさに3回は泣きました(笑)。
“驚愕の祭り”なら岩手県の黒石寺蘇民祭
1200年以上続く歴史ある祭り。マイナス10度の冬の夜、ふんどし一枚で水をかぶるなど、とにかく驚きの連続。祭りの前の7日間、精進といって肉・魚・卵・ニラ・にんにくを食べないなど、昔からの型を今でも守り続ける珍しい祭りです。
“ほっとする祭り”なら福島県の小浜紋付祭り。
何の変哲もない500人ほどの集落の祭りで、提灯のついた4つの山車が町を練り歩きます。街の方々は心から祭りを楽しみに生きていて、すごく嬉しそうにしている。まさに日本の原風景といった祭りで、心が落ち着きます。

取材・文 : 安井一郎(Konel) 撮影 : 岡村大輔

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