Interviewnihonbashiβ
2019.2.8

動かない軸があるから遊びしろがある。日本橋という街のコラボレーションを誘発する『Collaboration Magazine Bridgine』始動

若手クリエイターと日本橋をつなぎ、日本橋の未来をつくる共創プロジェクトとしてスタートした『nihonbashi β』。プロジェクトの第一弾として2018年に実施した企画展『未来ののれん展』では、若手クリエイターが日本橋の有名店舗の「のれん」を題材に、新しい体験のある「未来ののれん」を制作するワークショップを実施。いままでにない新しい発想の「のれん」が日本橋の街に飾られた。老舗店の象徴である「のれん」を若手クリエイターとのコラボレーションによってリ・デザインする取り組みは、テレビを含め各種メディアでも取り上げられて話題となった。

2019年も『nihonbashi β』の活動は続く。日本橋を舞台に起こっているチャレンジやコラボレーションを伝えるWebメディア『Collaboration Magazine Bridgine(以下、Bridgine)』を新たに立ち上げた。日本橋で活躍するクリエイターや老舗店舗にフォーカスし、未来を描き、歴史に挑む人々のストーリーを発信していく。また、昨年の「未来ののれん展」に続く、クリエイターと日本橋をつなぐ新しいプログラムも計画中だ。nihonbashi β projectの代表でありバスキュール代表を勤める朴正義と、nihonbashi β projectのプロデューサーであり日本橋近辺の再開発を手がける三井不動産の坂本彩が、昨年の『nihonbashi β』で得られた成果を振り返りながら、『Bridgine』を通して伝えていくべきこと、そして日本橋の未来の可能性についての対談を行った。

“偉大な過去”があるからこそ未来を描ける!チャレンジャーのための開かれた街

―まずは『nihonbashi β』を運営することで見えてきた、日本橋という街の可能性についてうかがえますか?

坂本彩(以下、坂本):『nihonbashi β』に参加いただいたみなさんに街の特性をご紹介するにあたり、私自身改めて日本橋の街について調べてみたのですが、改めて、街の歴史や文化、精神が引き継がれている日本橋という街は偉大だなと感じました。

震災や空襲等により物理的に消失してしまった部分が多かったはずなのに、世界一ともいわれる賑わいを見せた江戸時代の文化や精神、誇りが、人を通じて引き継がれてきている。この日本橋の“偉大な過去”があるということは、決して後ろ向きなことではなく、むしろ前向きな目標だと思うんです。それは街の個性であり、未来を見据えるときの北極星というか。ほかの街にはない、とても素敵なストーリーだと感じましたね。

―朴さんが日本橋という可能性やおもしろさに気づいたのはいつからですか。

朴正義(以下、朴):同じ中央区に20年以上住んでいるので、個人的に買い物や映画を観に来ることはありましたが、街に係る主体として活動をしたのは、3年前のイルミネーションイベントが最初でした。そして、昨年の『nihonbashi β』で日本橋とさらに深く関わるようになったという感じです。あまり三井不動産さんを持ち上げるわけではないですが、三井さんの懐が深くて、さまざまなチャンスをいただけました。また、三井さんだけでなく、『nihonbashi β』では街のみなさんにも様々なご協力をいただけた。チャレンジの舞台が偶然「日本橋だった」というよりも、「日本橋という開かれた街だったから」実施できたんだと思っています。2年前にチャレンジしたのは、いつ来るかわからない流星という天文現象と連動したアンコントローラブルなイベントで、いざやってみると大変だったけれども(笑)、ほかの街ではステークホルダーの調整だけで疲弊して頓挫していたと思います。

『nihonbashi β』での1回目のセッションで知ったのですが、日本橋では江戸260年の間に大火といえる火災が50回近く起こっていたそうです。つまり5年に1回、街が焼けちゃってたんです。そのたびに街の人たちは力をあわせ、前に進んでいったんです。その心意気こそが日本橋の歴史であり、いまでも続く伝統であるということに気づいて、改めてファンになってしまいました。

朴 正義 | nihonbashi β project代表/バスキュール代表

―これからの日本橋はどのような変化をしてくと思いますか?

坂本:街のハード面の開発はまだ残っていますが、都市基盤はある程度整備されたと思います。私が入社したころと比べても、街の来街者が特段に増えた印象です。働く人や住んでいる人・遊びに来る人・・・街が多目的化して賑わいが出てきました。では、ここからどういったことが街に必要になるかと考えたとき、私は“街の主体”が増えることが重要になると思ったんです。

外部からもさまざまな人が入ってきて、街を舞台に活動をしてもらえるといいなと。その方々が活動を通して街とふれあい、少しずつ街に愛着をもって、根付いていってくれる。そんな流れができると素敵だなと思いますし、そうやって人が根付いていく街、というのはとても日本橋らしいと思うんです。まさに朴さんたちのように、外から日本橋にかかわって、街を楽しんでくれる方がいらっしゃるのはとても嬉しいです。

江戸時代もきっとそうだったんじゃないかなと思うんですよ。日本橋は物流の拠点であり商業の中心地だったので、全国から様々なヒトモノが集まって、チャレンジと淘汰が繰り返されていく。江戸時代の日本橋はそんな、とてもオープンな街であったと思うので、これからもたくさんの方が入り込んで、かかわって、チャレンジできる、そんな街であってほしいなと思いますね。

深い懐を借りてコラボレーション、確固たる基盤が「遊び」をさらに魅力的に

―今後どういったチャレンジが行われるのでしょうか?2019年のビジョンを教えてください。

坂本:2018年度は「街と若手クリエイターのコラボレーション」をテーマに「未来ののれん展」を開催しました。2019年も街とクリエイターという軸でさまざまなコラボレーションを起こし、街の魅力的な地域資産を新しい形で発信できたらいいなと思っています。
今年の決まっている活動のひとつは、『日本橋 桜フェスティバル』への『nihonbashi β』優秀チームの参加です。そして、Webメディア『Bridgine』も立ち上げました。あと、これはまだ発表できないんですが、秋にも計画があります。

朴:日本橋という舞台は“格式”がありながらも、新しいことを許容する土壌があるという点で、とてもユニークで貴重な街であることに改めて気づきました。1回目の『nihonbashi β』でもたくさんのクリエイターに参加してもらうことができましたが、「この歴史ある街の未来を一緒につくってみよう」というのは、クリエイターにとって素敵なチャンスだと思います。だから、たくさんの人たちに参加してもらえるという予感があります。

例えば、10月には日本橋で『モントルー・ジャズ・フェスティバル・ジャパン』の開催が発表されています。音楽と街って言葉だけでも素敵な掛け算ですけど、日本橋でジャズというのはとくにユニークでおもしろいことがおきる予感がしています。逆に渋谷や六本木では音楽イベントが多すぎて差別化が難しそう。こうしたコラボを通じて、日本橋は格式ある街なのに、最初の一歩のハードルが実はそんなに高くないんだという空気をつくっていきたいです。2018年の『nihonbashi β』の活動は空気づくりの第一歩でしたが、2019年はそれをいろいろなアセットやタイミングを利用して広げていきたいと思っています。

―2018年の経験をどのように活かしてくことになりそうでしょうか?

坂本:私は『nihonbashi β』の活動を通して、この街でクリエイティブ活動が他の街にはない魅力をもつことに改めて気づきました。講師として参加してくださった中村勇吾さん(ウェブデザイナー/インターフェースデザイナー)が「日本橋は懐がめちゃくちゃ深いからある程度遊んでも大丈夫。確固たる基盤があるからおもしろく見える」とおっしゃっていたんですが、まさにそうなのかなと。

少し遊んだ取り組みでも街のイメージが大きくは変わらない、むしろ素敵なコラボレーションに見える。そういった日本橋の懐の深さに気づきました。また、2018年のプロジェクトでは、日本橋の企業の方々もとても積極的に取り組んでくださって、みんなで気付きを得ながら進められたことも大きかったのかなと。今後、恒常的なプロジェクトとして動かしていくなかで、関わった方々の気持ちが動き、新しい行動が起きていくと、とても意味ある活動になるんじゃないかなと思います。

坂本 彩 | nihonbashi β projectプロデューサー/三井不動産

朴:僕はクリエイター側ですが、世の中のメディア環境の変化を背景に、クリエイターが「なにをつくればいいんだろう?」という課題をみんなが抱えているなかで、『nihonbashi β』は新たな気づきにつながるきっかけを提供できたと感じました。彼らの創作の迷いを取り払ってあげるために、「未来ののれん」をお題に設定したのも、数百年続いてきたのれんの歴史に想いを馳せたとき、100年後の日本橋の街並みからのれんがなくなるとは思わないし、なくしたいとも思わないから。

「共創」「イノベーション」「アップデート」って最近のバズワードですが、そもそもその対象の10年後ってどうなの?ましてや100年後は?というなかで、「のれんの未来を考えてみよう」というのは難しいけれど、自信をもって提示できるお題でした。ほかにも例えば「日本橋の新しい舟運体験を一緒に考えよう」といったテーマも魅力的ですよね。

さまざまなモノゴトが新しくなっていくなかで、未来に残すためにアップデートし続けたいものってなかなか見つけられないし、ましてやその貴重なモノゴトのアップデートに関われるチャンスはなかなかないと思うんです。一方で、日本橋は未来に残したいモノゴトを設定しやすい。そしてそこには、みんながなんとなく共有できている動かない軸というか価値基準がある。だからこそ、遊ぶ余地がつくりやすいんですね。言い換えれば、街並みという安定したハードと心意気というフレキシブルなOSがあるので、思い切ったソフト開発に着手できる、ということになるのかな。

この若手クリエイターと歴史あるを街をつなげる試みに、どれだけの共感を集められるかはまだわかりません。でも、実際に一歩を踏み出せたことで自信がつきました。日本橋ならではのユニークで価値あるチャレンジだと信じて、だからこそ2019年ももっと加速させていきたいと素直に思います。

新たなチャレンジやコラボレーションの創出を目指すメディア『Bridgine』

―これから『Bridgine』ではどのようなこと発信していきますか?

坂本:『nihonbashi β』と同様に、街でのチャレンジやコラボレーションを捉えるメディアにしていこうと思っています。日本橋の古いイメージでも、単に新しいだけの目線だけでもなく、そのふたつが交わることをメディアのうえでも表現して、日本橋のオープンさを伝えたいですね。

そもそも『nihonbashi β』がはじまった経緯も、日本橋という街の情報発信をどう考えていくかを相談したところからなんです。その議論の中で、「街の中に、コミュニティと発信したくなるコンテンツをつくること」が重要だということになり、『nihonbashi β』のプロジェクトとメディアの立ち上げに至りました。

日本橋は人の繋がりがそもそも強いですから、人がメディアとして機能する側面があると思うんです。なので『Bridgine』の中でも「人」を軸に据え、老舗の方々や日本橋のクリエーターの方々が自ら起こしているチャレンジに着目して取材しているところです。この取材を通してさらに新しいコラボレーションが生まれていくといいなと期待しています。

朴:僕としては、『Bridgine』というWebサイト上でいろんな人がコラボプロジェクトを立ち上げる、そういう場になったらいいなと思っています。記事の更新による情報発信をするだけではなく、それをどうやって運営していくとサイトが盛り上がり、日本橋でチャレンジしたいという人たちをサポートできるのかを試行錯誤していく感じですね。

―ちなみに、メディア名を『Bridgine』とした理由は?

坂本:最初は『nihonbashi β』のままでいこうという話もあったんです。

朴:ただ、坂本さんとお話していくうち、『nihonbashi β』自体は若手クリエイターと日本橋をつなげる共創プロジェクトとして認知されつつあるので、新しいメディア名を考えることにしました。かなりの直球なんですが、街のシンボルでもあり、コラボレーションも意味する「橋(bridge)」とメディアを意味する「マガジン(magazine)」との語呂合わせで『Bridgine(ブリジン)』という名前を考えました。

坂本:何かをつなぐ「かけ橋」というイメージです。日本橋に関わっているクリエイターの方々の目線と、老舗の方々の目線、それぞれから記事を公開して、将来的にはそこから新しいコラボレーションやプロジェクトが生まれていくことを目指したいです。

朴:チャレンジやコラボレーションを仕掛けている人たちに加えて、チャレンジをし続けているからこそ老舗たりえている企業、人形町や馬喰町に増えてきている新しいクリエイティブ企業を取材していって今後はそうした老舗と若手の対談も実現できたらできたら面白いと考えています。追加の語呂合わせですが、日本橋で新しいチャレンジをする人たちをブリジン(人)と呼べる日がきたら嬉しいです(笑)。

あと、先ほど少しお話した舟運活性化のようなプロジェクトを『Bridgine』でも取り扱えるとよいですね。『nihonbashi β』で東京湾を周遊するクルージングを若者たちと一緒に企画して、水都日本橋復活の象徴となるようなコラボプロジェクトを発信できたら素敵だなと思っています。舟運なら60分くらいのコースになるんですが、そんな長い時間をいかに楽しく過ごしてもらうか考える機会ってあまりないと思うんです。いろいろなジャンルのクリエイターとコラボレーションできる余地がありそうですし。

坂本:舟に乗ると、日本橋が中心であることが一層感じますよ。日本橋が東京のスタート地点として存在するのがよくわかる。

朴:「東京の真ん中にこんな景色があったのか」と、新しく来た人には発見があると思いますよ。日本橋でしか見られない景色ですし、日本橋ならではの確かな体験価値ですから。未来に残したい日本橋の魅力に関わるうちに「住みたい!」くらいのことも思ってもらえるじゃないかな。

坂本:私は日本橋に住んでいたんですけど、とても住みよかったんですよ。「おかえり!」と言ってもらえているような、ほっとする感覚が日本橋ならではでたまらないんですよね(笑)。

取材・文:高岡謙太郎 編集:瀬尾陽(JDN) 撮影:上田昌輝(Bascule)

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